妊娠と妊娠糖尿病

妊娠糖尿病とは

妊娠中の糖代謝異常は「妊娠糖尿病」「糖尿病合併妊娠」「妊娠中の明らかな糖尿病」と いう3種類に分けられます。 妊娠糖尿病とは、「妊娠中に初めて発見または発症した糖尿病にいたっていない糖代謝異常」と定義されています。具体的には75gブドウ糖負荷試験をした際に、空腹時血糖92mg/dL以上、1時間値180mg/dL以上、2時間値153mg/dL以上のいずれか1点以上を満たした場合に診断されます。妊娠中の高血糖は母体にも赤ちゃんにもさまざまなリスクがあるため、妊娠糖尿病を指摘されたら適切なコントロールが必要です。 糖尿病合併妊娠は、以前から糖尿病であることがわかっていた方が妊娠した状態です。 妊娠中の明らかな糖尿病は、妊娠中に糖尿病の診断基準を満たすことが発見されたケースで、妊娠前にも発見されていなかっただけで糖尿病があったと思われる方も含まれます。 糖尿病合併妊娠と妊娠中の明らかな糖尿病は、どちらも血糖値をコントロールする治療が必要な状態です。

妊娠糖尿病の原因

妊娠するとホルモンのバランスの変化によって、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの作用が低下し、血糖値が上がりやすくなります。胎盤から分泌されるホルモンによってインスリンの働きが抑制され、さらに胎盤からはインスリンを壊す働きを持った酵素が分泌されます。
インスリンの働きが不足すると血糖値が上昇します。こうした働きは妊娠が進むにつれて強くなるため、注意が必要です。

妊娠糖尿病によるリスク

妊娠中にママが高血糖になると、ママだけでなく胎児・新生児、小児期~成人期に合併症を起こすリスクがあります。妊娠中にママが適切な治療を受けることで、巨大児が減る・妊娠高血圧症候群の合併予防につながるという指摘もあります。
実際に、妊娠糖尿病の治療を受けた方は、受けなかった方に比べて帝王切開になるリスクが下がることがわかっています。

母体の合併症

  • 母体の合併症
  • 帝王切開術率上昇
  • 妊娠高血圧症候群
  • 流産・早産
  • 羊水過多
  • 感染症の併発(膀胱炎・腎盂腎炎など)
  • 糖尿病併発症(腎症・網膜症・低血糖など)の悪化

胎児・新生児の合併症

  • 胎児・新生児の合併症
  • 巨大児(帝王切開率上昇)
  • 肩甲難産(赤ちゃんの肩がひかっかる難産)
  • 子宮内胎児死亡
  • 新生児低血糖
  • 新生児高ビリルビン血症
  • 低カルシウム血症
  • 呼吸窮迫症候群
  • 新生児心筋症

    など

小児期~成人期の合併症

  • 肥満、メタボリックシンドローム

妊娠糖尿病の診断

血液を採取して血糖値を調べる検査を行います。糖尿病の血液検査には、随時血糖・空腹時血糖・ブドウ糖負荷検査の3種類があります。妊娠している方全員に向けたスクリーニング検査を行い、それで妊娠糖尿病の疑いのある場合に、診断のための検査を行います。
随時血糖は、普通に食事をした状態で血液を採取して血糖を測定する検査です。空腹時血糖では、朝食をとらずにご来院いただいて採血して検査します。ブドウ糖負荷検査は、一定量のブドウ糖が入った検査用のジュースを飲んで血糖値を調べる検査です。
ブドウ糖負荷検査には、普通に食事をして検査用のジュースを飲み、1時間後に採血して血糖値を計測する50gグルコースチャレンジテスト、空腹時の血糖値・検査用ジュースを飲んだ1時間後と2時間後の血糖値を調べる75gブドウ糖負荷試験などがあります。

スクリーニング検査

当院ではスクリーニング検査として、妊娠初期に随時検査を行い、中期に50gグルコースチャレンジテストを行っています。妊娠初期随時血糖95mg/dl以上、妊娠中期のグルコースチャレンジテストで140mg/dl以上の場合に陽性となり、診断のための検査が必要になります。

診断のための検査

75gブドウ糖負荷試験を行います。10時間以上食事をとらずにご来院いただいて採血し、検査用ジュースを飲んだ1時間後と2時間後にも採血して血糖値を調べます。下記の3項目のうち、1つ以上を満たすと妊娠糖尿病と診断されます。

  • 空腹時血糖値≧92mg/dl
  • 1時間値≧180mg/dl
  • 2時間値≧153mg/dl

【ご注意】
妊娠糖尿病のリスクが高いと判断される場合、早期診断につなげる目的でスクリーニング検査を行わずに最初から75gブドウ糖負荷試験を行うことがあります。

  • 妊娠糖尿病のリスクが高いケース
  • 肥満
  • 糖尿病になったご家族がいる
  • 35歳以上で妊娠した
  • 尿糖の陽性が続いている
  • 以前に大きな赤ちゃんを産んだことがある
  • 原因不明の流産・早産・死産の経験がある
  • 羊水過多を指摘された
  • 妊娠高血圧症候群がある
  • 過去に高血圧の既往がある

    など

  • 妊娠中の明らかな糖尿病

    検査で下記のいずれかを満たした場合には、妊娠糖尿病ではなく、「妊娠中の明らかな糖尿病」と診断されます。

    • 空腹時血糖値≧126mg/dl
    • HbA1c値≧6.5%

    なお、随時血糖値≧200mg/dl、または75gブドウ糖負荷試験で2時間値≧200mg/dlでは、妊娠中の明らかな糖尿病の可能性がありますので、上記の基準を満たすか確認する必要があります。
    「妊娠中の明らかな糖尿病」は、妊娠前にすでに糖尿病で発見されていなかったケースや、まれですが妊娠中に発症した1型糖尿病も含まれます。妊娠していると高血糖になりやすく、妊娠していない時よりも血糖値は高くなるため、通常の基準とは異なる妊娠時の基準によって診断されます。そのため、出産後には改めて検査を受けることが必要です。

    自己血糖測定

    「妊娠糖尿病」「妊娠中の明らかな糖尿病」「糖尿病合併妊娠」は、高血糖によって母体や赤ちゃんにリスクがある状態であり、血糖値をしっかりコントロールする必要があります。
    そのためには、ご自分の血糖値を把握した上で、それに適した食事療法、運動療法、薬物療法を行うことが重要です。
    自己血糖測定は、患者様がご自分で血糖値を計測することで、良好な状態を維持できているか確かめることができるため、より安全で効果的なコントロールが可能になります。
    血糖値は食事などの影響で大きく変動し、変動のタイミングなどにも個人差がかなりあります。
    そして、変動の状態を把握するためには、何度も計測する必要があります。現在は、ご自分で簡単に血糖値を計測できる血糖自己測定器があり、手軽に血糖値を知ることができます。1日の血糖変動状態を把握するために、自己血糖測定は不可欠です。
    1日の一般的な検査タイミングは、毎食前と毎食の食事開始から2時間後の6回で、就寝前の計測を行うこともあります。なお、毎日計測・週数回計測など、頻度は患者様の状態などによって変わります。

    妊娠中の血糖目標値

    母体や赤ちゃんへのリスクを最小限に抑えて安全に妊娠・出産ができるよう、血糖をできるだけ正常に近い状態で維持することが重要です。血糖コントロールの際には、血糖値だけでなく、HbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)、GA(グリコアルブミン)の数値も使われます。

    血糖値

    血糖値は1日の中で何度も大きく数値が変動します。血糖値は、採血した時の血糖値を測定したものですから、変動の幅や変動するタイミング、平均値を知るためには血糖自己測定器を使って頻回に調べ、変動のパターンを把握することが重要です。

    HbA1c

    過去約1~2ヶ月間の血糖値の指標として使われます。採血して赤血球のヘモグロビンがどのくらいの割合で糖と結合しているかを調べます。過去約1~2ヶ月間の血糖値が高いと、HbA1cは高くなります。

    GA

    過去2週間前後の血糖値の指標として使われます。血清の主なタンパク質であるアルブミンが糖化されるとグリコアルブミンになります。過去2週間前後の血糖値が高ければ、GAは高くなります。

    日本糖尿病学会では、妊娠している方の目標血糖値を下記のように定めています。

    • 空腹時血糖値 / 95mg/dl未満
    • 食後血糖値 / 食後1時間値 140mg/dl未満 または 食後2時間値 120mg/dl未満
    • HbA1c(%) / 6.0~6.5%未満
    ただし、この目標値は絶対的なものではなく、患者様の状態などによって変わります。たとえば、低血糖リスクが高い場合などでは、頻回の血糖測定を行い、目標値もゆるくするケースがあります。
    また、HbA1cは鉄代謝の影響を受ける可能性があるため、血糖自己測定による目標値を優先させます。当院では患者様の状態にきめ細かく合わせた目標値を設定しています。

    食事で注意したいこと

    食事は血糖コントロールに大きく影響します。重要なのは、赤ちゃんに必要な栄養をしっかりとりながら、ママの健康をキープすることです。

    食事の基本

    • 適切なエネルギー摂取=妊娠中の適切な体重維持・良好な血糖コントロール
    • 栄養バランス=赤ちゃんの発育とママの健康の維持
    • 規則正しい食事=良好な血糖コントロール
    • 鉄分摂取=貧血予防
    • カルシウムの積極的な摂取=丈夫な骨や歯をつくる
    • 減塩=妊娠高血圧症候群予防

    適切なエネルギー量について

    妊娠していて高血糖の場合には、一般的に標準体重×30kcalを基本に、妊娠の週数によって変わる付加量を加えたものが、そのタイミングでの適切なエネルギー量とされます。
    ただし、肥満(BMI 25以上)でエネルギー制限が必要な場合には、負荷量なしの目標値を設定することもあります。

    • 標準体重(適正体重)=身長(m)×身長(m)×22
    • BMI = 体重kg ÷ { 身長(m)×身長(m) }
    • 適切なエネルギー量 標準体重×30kcal

      付加量※BMI 25以上の場合は、負荷量は0になります。


    • 妊娠初期(~13週)+50kcal
    • 妊娠中期(14~27週)+250kcal
    • 妊娠後期(28週~)+450kcal
    • 授乳期+350kcal

    運動量などによって、適切なエネルギー量が変わることもありますので、医師としっかり相談して決めましょう。

    分割食について

    規則正しく適正量を食べても食後血糖値が高い場合、食事を6回に分けてとるようにして1食の摂取エネルギー量を減らし、それによって食後高血糖を抑えるのが分割食です。
    1日の総摂取カロリー内で、栄養バランスがとれた食事を朝・間食・昼・間食・夕・間食という6回に分ける方法です。
    朝食・昼食・夕食のカロリーを控えめにして、間食にシリアルと牛乳、クラッカーとスープ、サンドイッチ、果物とヨーグルトなどを食べます。
    また、食事の際にご飯やパンのような主食を半分とっておいて、間食でそれを食べるという簡単な方法もあります。

    運動について

    運動は血糖コントロールに役立ちますが、患者様の状態によっては運動がおすすめできない場合もあり、不適切な運動は危険です。主治医と相談した上で、適切な運動内容や量を守って行ってください。
    有酸素運動は血糖や血流の改善に有効です。マタニティビクスやマタニティヨガなどが知られていますが、ウォーキングも有酸素運動です。
    運動をするタイミングは、食後1~2時間の間に行うのが理想的で、少なくとも食前食後30分間は避ける必要があります。また、運動の前後には必ずストレッチを行うようにすることが重要です。
    一般的に1回30分の運動を週に3~4回行うことが推奨されています。 適切な運動の目安として、脈拍が1分間140を超えない程度にしてください。
    水分をしっかり摂取し、低血糖を起こさないように注意し、気分が優れないなどがあったらすぐに中止して様子をみてください。
    なお、インスリン療法を受けている場合には、低血糖になったと感じたらブドウ糖を摂取するなど適切な対応をすばやく行えるようにしておきましょう。

    インスリン療法について

    食事療法だけでは適切な血糖コントロールができない場合には、インスリン療法を行います。
    妊娠中には糖尿病の内服薬ではなく、インスリン療法が行われます。
    内服薬は胎盤を通じて赤ちゃんに移行する可能性があり、安全性が確認されていないものが多いため、基本的に処方されることはありません。
    また、妊娠中は確実に良好な血糖値を保てる可能性の高いインスリン療法が適しているとされています。
    当院は糖尿病を主に診療しているクリニックであり、専門性の高い治療を行っています。妊娠糖尿病の治療でも安全性の高いインスリン療法を行っていますので、安心してご相談ください。

    低血糖について

    インスリン療法では、高血糖を解消するためにインスリンを補充します。
    低血糖は、血糖が正常域以下に下がり過ぎてしまった状態です。低血糖になった場合には、すぐにブドウ糖を摂取するなどの対応を行うことが重要であり、適切な対応ができないと重篤な症状を起こします。
    初期症状にできるだけ早く気付いて、すぐに適切な対応ができるように、体調のちょっとした変化を見逃さないようにしましょう。
    またいつもブドウ糖を携帯してすぐに口にできるようにしておく、近しい人に低血糖の症状や対処法を伝えておくようにしてください。

    低血糖症状

    初期症状

    発汗、手足のふるえ、動悸、異常な空腹感、ほてり、めまい、ふらつきなどを起こします。これ以外にもさまざまな症状を起こすことがあり、個人差や体調などによっても症状はかなり変化します。
    「おかしいな」と感じたら、軽視せずにすぐ対応してください。特に車を運転している場合には、「SAまで」などの我慢をせず、すぐに路肩に停止してブドウ糖を摂取してください。

    意識障害

    初期症状を放置していると意識障害を起こします。体に力が入らなくなり、眠気や疲労感、集中力低下、ものが二重に見えるなど、立っていられなくなります。
    ブドウ糖を持っていてもうまく取り出せずに悪化してしまうケースもあります。

    低血糖昏睡

    意識がなくなってしまうため、救急車を呼んでもらうなどが必要です。長時間、低血糖昏睡を起こすと赤ちゃんにも悪影響が及ぶ可能性があります。
    低血糖昏睡に至るケースはまれですが、可能性がゼロではありませんので初期症状があったら即座に適切な対応ができるようにしておきましょう。

    低血糖時の対応

    低血糖の初期症状があったら、5~10gのブドウ糖か、砂糖20gを摂取します。
    低血糖時に効果的に血糖値を上げることができるグルコースサプライは、アルミで個包装されていて、ラムネに似た甘いブドウ糖タブレットです。取り出しやすい場所にいつも持っているようにすると安心できます。
    血糖測定器がある場合も、まずはブドウ糖や糖分を摂取して落ち着いてから測ってください。
    なお、ブドウ糖が手元にない・すぐ見つからない場合には、自販機でジュースを買って飲むのも有効です。カロリーゼロではなく、砂糖やブドウ糖がしっかり含まれたものにしてください。

    産後に気を付けたいこと

    妊娠糖尿病だった方も、産後には血糖値が正常範囲に戻るケースが多くなっています。
    ただし、その後20~30年以上経過すると半数が糖尿病になっていると報告されています。
    妊娠糖尿病で産後に血糖値が正常範囲に戻った場合も、その後の糖尿病発症リスクが高い傾向がありますので、健康診断を欠かさず受けて早期に発見できるようにしましょう。
    糖尿病は動脈硬化を進ませて脳卒中や心筋梗塞につながるだけでなく、失明など重篤な合併症を起こす可能性のある病気です。早期に発見できればストレスの少ない生活習慣の改善や治療で良好にコントロールできますので、早めに発見するためにも定期的な健康診断は重要です。
    また、離乳期には体重が増加しやすいので注意してください。
    当院では、妊娠糖尿病だった方のきめ細かいフォローアップを行っており、産後1~3ヶ月で75gブドウ糖負荷試験、毎年1回の75gブドウ糖負荷試験などで早期発見を可能にしています。
    生活習慣病なども幅広く診療していますので、産後の健康管理についてもお気軽にご相談ください。

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